急に寒くなってきましたが、風邪など引いていませんか?どうか体調にお気をつけ下さいませ。
さて、そんな寒さに負けずに奮闘しているアスリート達から男前を学んでいきたいと思います。
今回の先生は日本出身力士として10年ぶりとなる優勝を飾った琴奨菊先生です。
祐未夫人も影ながら先生を支えた美人妻として人気ですね!
そんな美人な祐未さんを妻にもつ先生のプロフィールを先ずは簡単にご紹介します。
相撲一筋の人生
建設会社の社長をしている父の3男としてこの世に生を受けた先生は相撲留学をしていた明徳義塾中学校の3年の時に全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学横綱となり、明徳義塾高校に進学してからも活躍していました。
その後、小学生のころから目をかけられていた佐渡ヶ嶽親方のいる佐渡ヶ嶽部屋へ初心を忘れることなく入門しました。
また幼い頃、巡業で訪れた貴花田(後の横綱・貴乃花)の膝に乗せられて記念写真を撮ったことが相撲を続ける上での大きな励みになったそうです。
その後は紆余曲折を経ながらも2011年に日本人力士としては4年ぶりとなる大関昇進を果たしました。
10年ぶりの日本人力士優勝
そして記憶にも新しい2016年1月場所で旭天鵬、貴闘力に次ぐ3位の年長記録で日本人力士10年ぶりともなる初優勝をかざりました。
初土俵から84場所での優勝は6番目のスロー記録であり、その他にも新入幕〜や新大関での〜など数々のスロー記録を達成し、「大器晩成力士」として相撲界に名を残す事となりました。
数々のスロー記録が示す通り優勝までの道のりは決して平坦で順風満帆なものではなく過去には三役からの降格した後、5場所連続で平幕を味わったり、大関獲りへの挑戦となった2011年7月場所では13日目、14日目の取り組みで連敗を喫し最終的に11勝4敗と大関昇進を逃してきました。
その時の心境を先生は『次はない。あれで上がれないんだから自分は上がれないんだろう。』と嘆き朝起きるのも嫌になるほど絶望を感じていました。
ところが、ちょうどそのタイミングでテレビの密着取材を受けており『一日中テレビカメラを向けられて、気持ちが乗らなくても稽古しないわけにいかない。だったらしっかりやろうと思った。それがよかったのかもしれない。名古屋場所ではシャットアウトしていたマスコミを、秋場所では受け入れて心が強くなった。』と心機一転し続く9月場所で見事大関への昇進を決めたのです。
まとめ
大関昇進後も2度の角番を経験するも2度とも文字通り『土俵際の粘り』を見せ、右大胸筋断裂で全治3カ月の見込みという大怪我を負い完治していない状態で望んだ2014年1月場所でも苦しみながら勝ち越しを決め角番を脱出しました。
この様に『ここぞ!』という時に力を発揮できるのは日々の練習の積み重ねに裏打ちされた『強靭な精神力』があるからこそではないでしょうか。
ちなみに先生は怪我の影響で精神安定剤を飲みながら勝ち越しを決めた場所があるのですが、3日目以降精神安定剤と思って飲んでいたのはただのラムネだったという事もありました…。病は気からとはよく言ったものですね。