グローバル化が進んでいる現代、クリエイター達は自国だけでなく世界中へ活躍の場を広げています。それは日本人でも同じ事で、今日も様々な場所で自身の技術を高めながら活躍しています。
今回は世界中のクリエイター達が日々切磋琢磨する最前線「ハリウッド」で映画製作に携わっている日本人クリエイター
『成田 昌隆』さんから仕事術を学びます!
元証券マン
幼い頃から映画は好きだったものの、それを仕事にするほどの行動力と情熱まではなく、普通に起業に就職した成田さん。
しかし、1993にアメリカに駐在した際に「トイ・ストーリー」を見て映画とCGへの興味が再燃。
気が付けば、何としてでも映画の世界に入りたいと思うほどなり、そこからの勢いはすごかったようです。
1997年にCGソフトを購入してから3年間、平日は仕事から帰宅した夜7時から、週末は朝8時から深夜まで毎日ひたすら勉強したそうです。
この熱意がこの先の仕事に繋がっているのだと思うと、努力した人はきちんと評価されるのだと感じますね。
アメリカはとにかく実力主義で、良いものを作れば認められる世界だと成田さんは言います。
自作したショートムービーを元に、映画会社と面接を重ね、仕事をもらえる寸前で、父親が急逝。
喪失感からCGモデラーの夢を一旦諦めます。
その後10年間証券マンとしてアメリカで勤務するも、リーマンショックの煽りで日本へ帰任させられるかもという状況になった際に、「人生は一度きり。」と思い切って退職、再度自分の夢を追うことを決めたそうです。
もともと3年間勉強した基礎はあった為、週300ドル程度の小さな仕事をもらうことができ、そこから夢への一歩が始まりました。
夢を実感した瞬間
CGモデラーとして順調に歩み始めた成田さんは「パイレーツオブカリビアン/生命の泉」でメジャーハリウッド映画デビューを果たします。
その後も経験を重ね、「アイアンマン3」に新しく登場するパワードスーツ14体の制作を任されるまでになりました。
ある時、娘さんが学校の課題で家族について発表した際、「パパはアイアンマンを作っている」と話し、クラスが大騒ぎになったそうです。その話を聞いて、ようやく自分の夢が叶ったんだと実感できたと成田さんは言います。
自分を支えてくれるのは家族であり、周囲の人達です。
それまで自分がやってきたことが周りから評価される瞬間はどんな仕事であっても最高ですね。
失敗を恐れず前へ
自分がまだ知らない世界、特に海外へ飛び出そうとする日本人の中には、言葉の壁を不安に感じる人がたくさんいると思います。
成田さんは、「海外の最前線は、様々な国の人が集まる場所でもある為、英語が上手く話せない人はたくさんいる。言葉の壁を気にせず、失敗を恐れないで世界に飛び出してほしい。」と言います。
せっかく色々な勉強をして、技術を身に付けたのに、言葉の壁を気にして踵を返すのはすごくもったいない事だと思います。
勇気を持って一歩を踏み出すことで、もっと自分の世界が広がるのではないでしょうか。