阿部寛「自分の個性が邪魔だった」
俳優として苦悩した日々
最新主演作『のみとり侍』で、女性に“愛”を届ける裏稼業“のみとり”に精を出す元エリート藩士を、コミカルかつ味わい深く演じた阿部寛。
長年の夢だったという名匠・鶴橋康夫監督との映画初タッグをついに実現させ、「今までにない時代劇を」と意気込んで撮影に臨んだ阿部が、本作への並々ならぬ思いとともに、俳優として現在のポジションを獲得するまでの苦悩の日々を改めて振り返った。
本作は、小松重男の小説を『後妻業の女』『愛の流刑地』などの鶴橋監督が映画化した異色時代劇。ある失言で越後長岡藩・藩主(松重豊)の気分を損ねた藩士・小林寛之進(阿部)が、表向きは猫の“のみとり”を商売にしつつ、実態は床で女性の相手をする裏稼業を命じられ、悪戦苦闘しながらもその道を探求していく姿を描き出す。寺島しのぶ、豊川悦司、大竹しのぶ、風間杜夫ら鶴橋組常連に加え、斎藤工、前田敦子、落語家の桂文枝など、脇を固める豪華キャストの競演も必見だ。
「憧れの鶴橋監督といつか“映画”でご一緒したい」と、思いを温めてきたという阿部。ゆえに、「オファーをいただいたとき、“本当に僕でいいんですか?”と聞き返したくらい信じられなかった。“お前がいいんだ”と言ってくださったときは本当にうれしかった」と顔をほころばせる。さらに、「一緒に“今まで観たこともない時代劇を作ろう”と言ってくださって。これはもう、“絶対に成功させなければ”という気持ちになりました。大好きな監督の元で、こんなにやりがいのある役に挑戦できる日が来るなんて…期待に応えたいという一心で演じさせていただきました」としみじみ語る。
振り返れば、人気モデルから俳優に転身したころの阿部は、190センチ近い身長と欧米人のような彫りの深い顔立ちから、ダブルのスーツを華麗に着こなし、フェラーリで颯爽(さっそう)と現れるような、いわゆる現実離れしたイケメン役ばかりが舞い込んだ。
だが、やがてそれも飽きられ、7〜8年、俳優としてどん底の日々を味わうことになる。「当時は、このサイズ感とか、濃い顔とか、自分の個性が厄介で、本当に邪魔だった」と苦笑いを浮かべる阿部。そんなときにある大物俳優の取材記事を読み、衝撃を受けたと述懐する。
「その方も僕と同じように大柄だったのですが、真ん中でドンと構えているのかと思いきや、自分のサイズを考慮して一番後ろにさがり、焦点が合ってくる位置を緻密に計算されていると答えていた。名優という名を欲しいままにされている方が、こんなに細かいところまで映り方に気を配って主役を務めているのか”と。武骨にやっているように見えて、実は繊細な部分にこだわりながら作る、それが“映画芸術なんだ”ということを思い知らされた」と振り返る。以来、考え方を切り替えた阿部は、自分の個性を作品にどうフィットさせていくかを常に考えながら、撮影に臨むようになったという。
そして、表現者としてターニングポイントとなったのが、1993年、つかこうへい作・演出の舞台『熱海殺人事件〜モンテカルロイリュージョン〜』での主演。「たぶん、つかさんが“阿部を褒めてやってくれ”と仕込んだのだと思いますが、ある記者さんが書いた記事で演技を褒めていただいた。それがとにかくうれしくて。俳優になって一度も演技を褒められたことがなかったので、その言葉が僕の大きな転機になりましたね。いつか“この記事の内容にふさわしい俳優になってやろう”と自分に誓った瞬間でした」。
その後、Vシネマを機に映像の世界に戻った阿部は、映画『凶銃ルガーP08』(94)で銃に取りつかれた殺人鬼を演じ、ガンマニア、アクションファンから高い評価を獲得。以降、『TRICK』シリーズをはじめ、俳優・阿部寛の目覚ましい活躍は語るまでもないだろう。ただ、あれだけ“邪魔”だった自身の個性をフルに生かした『テルマエ・ロマエ』(12)で第36回日本アカデミー最優秀主演男優賞を獲得するという皮肉なめぐり合わせは、まさに彼の俳優人生の紆余曲折を物語る。
【鶴橋康夫監督と阿部寛】
「大きな欲はない、これからもいただいた仕事を楽しみながら、ベストを尽くしていいものにしたい」。辛酸をなめながら、それに耐え抜き、活路を見出した阿部が、最新作『のみとり侍』で、またしても新境地に挑む。