1969年 |
岸田森の六月劇場研究生として入団 |
1971年 |
文学座を受けるが落ちる(※2) 「新演劇人クラブ・マールイ」入団 |
1972年 |
文学座演劇研究所に入所 |
1973年 |
日本テレビドラマ『太陽にほえろ!(※3)』にて、ジーパン刑事役でドラマデビュー。当時大人気で自身も憧れていた萩原健一演じるマカロニ刑事が殉職。その後任という大役だったが、カリスマ的な演技でたちまちヒーローに 映画『狼の紋章』で、主演志垣太郎の敵役として映画デビュー。 |
1974年 |
映画『竜馬暗殺』に出演。自宅を隣に構えるほど憧れて止まなかった原田芳雄と共演する |
1976年 |
ドラマ『大都会 闘いの日々』に出演。村川透監督と出会う。これをきっかけに『殺人遊戯』『蘇る金狼』『野獣死すべし』『探偵物語』など数々の代表作でタッグを組むことに アルバム『まつりうた』でミュージシャンデビュー。その後計7枚のアルバムを製作 |
1977年 |
映画『人間の証明』に出演。日本映画初の大規模なNYロケを経験 |
1979年 |
映画『蘇る金狼(※4)』に出演。配給収入10億を超える大ヒット作となる。 ドラマ『探偵物語(※5)』で主演・工藤俊作役を演じ、後々多くの人の記憶に残るキャラクターを作り上げる。また、この作品で脚本家・丸山昇一と出会い、その後『処刑遊戯』『野獣死すべし(※6)』などの作品などでも共に仕事。丸山は、優作の厳しいチェックを受けることで名脚本家に成長したと言われている。 |
1980年 |
映画『野獣死すべし(※6)』に出演。狂気を帯びた演技で新たな境地へと踏み出す |
1981年 |
憧れの工藤栄一監督作品『ヨコハマBJブルース』に出演 |
1983年 |
森田芳光監督の映画『家族ゲーム(※7)』に出演。それまで演じてきた役柄とは異なる型破りな家庭教師の演技が評価され、キネマ旬報主演男優賞を受賞 映画『探偵物語』に出演。薬師丸ひろ子との長いキスシーンが話題に |
1985年 |
映画『それから』で森田芳光監督と再びタッグを組み、『家族ゲーム』とは全く異なる文学作品に挑戦 |
1986年 |
映画『ア・ホーマンス』で初監督を務める |
1989年 |
映画『ブラック・レイン(※8)』でハリウッド進出 |